イエス様と私

 

泉北教会信徒 吉本 蓉子

 

81歳の生涯を振り返ると色んな事を経験してきた。幼い頃、防空壕の中で聞いていたB29の轟音、今でも忘れられない。その頃、アメリカやイギリスを鬼畜米英と教えられ、人間同士が殺しあう戦争を正義の戦争とよんでいた。そして大好きだった従兄の戦死、愛する人達の死・・・、

 

幸せなこともあった。結婚、出産、かけがえのない友人との出会い。でもそれらは全て時がたつと、私の傍から、流れ去ってゆく。

 

最後は一人で死んでゆく私を想像する。テレビが何処かで映像を流している、ラジオが私の心に届かないまま、なっている。あたりには誰もいない・・・。

 

時々ふと思うことがある。私って何、私はどこへ行くのか、すべてはむなしい・・・

 

イエス様はそんな私に対しても、いつも温かいまなざしを向けられている「あなたは私の愛する子供なのだよ。」と。すべての人間、洗礼を受けている人、受けていない人へも・・・。私はその御言葉にしがみついている。

 

若い頃、ある人をどうしても受け入れられなくて苦しんでいた。「このままでは教会へ行けない」とまで思っていた。

 

「その苦しい思いが祈りなのだよ、イエス様はいつも貴女の傍におられる。今その人を受け入れられなくても、1週間先、1か月先、1年先、その人の為に祈ることができるようになる」とロベルト神父様に言われた。年月がたち、その人とも和解でき、今では懐かしい思い出の一つにまでなっていった。

 

まだ、平和の園に教会があったころ、近所の子供たちが大勢、教会の日曜学校に入ってきていた。その中には、ボス的存在の女の子がいた。実によく小さい子供たちの面倒を見ていたし、イエス様のお話を聞き、日曜学校のイベントにもその子供たちと一緒に参加してくれていた。あの子供たちはどうなっているのだろうか、信者になっていなくても、心のどこかに、イエス様の愛の心が住みついていると私は信じたい。

 

教会は常に外に向かって開かれていてほしいと私は願っている。全ての人の心の中に、イエス様の愛の心が灯されていて欲しいと願っている。

 

 難しいことはいらない。全ての人に教会が開かれ、全ての人にイエス様の愛の心がしみとおっていけば、小さくは、自分の周辺の人、大きくは世界が愛の心で満たされて、変わっていくことだろう。